2014年5月1日〜15日
5月1日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 ジェリーとおれは、スタッフ居住区に向かった。

 ロベルトの住むインスラを訪ねた。玄関監視カメラの映像を見せてもらう。

「おめえはこれを三日分、見てくれ」

 ジェリーはモニター室から出ていく。

「どこ行くんだよ」

「病院」

「?」

「片割れがいんだろうが、風邪っぴきの」

「おお」

 そちらのアリバイも確認するのだ。おれは映像を見はじめ、笑ってしまった。

(なんでおれが指示を受けてんだよ)

 いつのまにかジェリーのペースに乗せられていた。


5月2日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 次に向かったのが、配送センター。ロベルトの配送記録を見せてもらう。

「やつはよくやってるよ」

 センターのスタッフは言った。

「チップがインフルエンザで休んでいる間、休暇なしで働いてくれてる。重宝してるよ」

 ジェリーは聞いた。

「この記録はやろうと思えばまとめてつけられるのかい」

「いいや。客のサインがあって、はじめて配達完了だ。昔はよくごまかしがあったんでね」

「サインの偽造ってのは無理なのか」

「指紋だからねえ」

 記録によると、白昼、酒を運び出す時間はなさそうだった。


5月3日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

「なんか見落としがあるなあ」

 シートにもたれて、ジェリーがうなった。
 インスラの防犯カメラは正しい時間に出勤して、正しい時間に帰宅するロベルトを映していた。

 相棒のチップはインフルエンザで隔離病棟にいた。勝手には出られない。

「カメラ、カメラが問題だ。あれを細工できるものなのか」

 だが、おれたちが悩んでいる頃、事件は解決していた。レネはベルクソンたちに問い詰められて、酒を盗んだことを白状した。


5月4日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 レネは退屈そうにソファにもたれていた。

「つまんなくてさ。ここんとこ、ずっとつまんなくて。なんかスカっとしたくてさ」

 けだるそうな白い顔は、データの画像より老けていた。覇気のない、痩せた顔だった。
 そばで主人が泣いている。

「嘘なんだろ。なんか事情があるんだろ」

「泣くなよ、うっとうしい」

 レネは嫌悪に顔をゆがめた。

「おまえの家は退屈なんだよ。おれはチワワじゃないんだ。放っておいてくれよ、もう」


5月5日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 おれはジェリーとはじめてビールを飲んだ。

 ふたりとも黙り勝ちだった。納得いかない。レネが酒を運び出したとは考えられなかった。

「あいつは腕力どころか、その脳ミソもないように思えるぜ」

 さらに、レネは自分がやったと言いつつ、酒のありかは白状しなかった。

「飲んじまった」

 とあざわらった。一週間で200本もの酒を飲めるはずがない。

「でも、カメラがなあ」


5月6日 ラインハルト 〔ラインハルト〕

「酒泥棒、捕まったってよ」

 おれはウォルフに、護民官府の情報を伝えた。ウォルフはなぜか電子レンジを分解していた。いちおう、ふーん、と返事はした。

「犬だってさ。被害者の犬とケンカした恨みだと。でも、盗んだ酒の隠し場所は白状しないんだって」

「……」

「ドムスにもないらしいよ。またあそこかな。CF」

 ウォルフは食いついて来なかった。聞こえないふりして、レンジの部品をいじくっていた。


5月7日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 翌朝、オフィスに一通の怪文書が届いていた。

『こんにちは ミスター・ベルクソン。わたしはきみにとても失望しているよ。きみはわたしを理解していない。ただの物取りと思っているね。

わたしの仕事は資本主義への警告なのだよ。ムッシュ・ルイットがいけないわけじゃない。だが、銀行が金利で人間を搾取していることには憤りをおぼえる。美酒はその象徴だ。次は本番だよ。プラエトリウム(総督府)の金庫を狙う。用心したまえ』


5月8日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 文字は新聞の切り抜きだ。

 ベルクソンは部下に言った。

「すぐプラエトリウムに連絡しろ」

 ジェリーはおれをチラと見て、オフィスを出て行った。おれは彼のあとを追った。

「どこへ行くんだ?」

「犯人のところだ。犯人ぶった間抜けのとこだよ」

 おれは聞いた。

「あれはニセモノかい」

「あたりめえだ。ベルクソンがチームリーダーになっていることを知っている人間はどれだけいる? しかも、プラエトリウムに金庫があるなんて思い込んでるアホは」

5月9日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 レネの飼い主、アンリ・ココ氏はうまくシラを切れなかった。

「なんのことかよくわからないね。だが、犯人がいたなら、レネの疑惑は晴れたんだろ?」

「いやあ、どうでしょうな」

 とジェリーは彼のひざから、なにかをつまみとった。指には活字の切り抜きがあった。

 これはジェリーが車のなかで、新聞を切り抜いたものだったが、ココ氏は肩を落とした。

「そうだ。わたしだ。愚かしいことをした。だが、こうでもしなければあの子は殺されてしまう」


5月10日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 ココ氏は訴えた。

「あのルイットとかいう銀行屋は、レネを殺すというんだ。酒のために! 家捜ししたからわかるだろうが、わたしは知らん。レネじゃないんだ。それをきみ、日曜までに出せというんだよ。じゃなきゃ、アサシンを差し向けると。狂ってる」

 すでに金曜日だった。おれは言った。

「あなたの犬が勝手に、他人に殺されることはありませんよ」

「いいや、ある! 簡単にあるよ!」


5月11日 セシリオ 〔犬・未出〕

 ココ氏は真剣だった。

「あの男はできる。あそこは暗黒街につながりがあるんだ。その手あいが家族員として入ってきたら、レネは簡単に殺されてしまう。たいした罪には問われない。ここじゃ犬の命は軽い。軽すぎるんだよ!」

 その時、電話が鳴った。

 ココ氏がうめき、電話に出た。会話が不機嫌なフランス語になり、ルイット氏だとわかった。ジェリーはその電話を取り上げた。

「どうも。護民官府のスペンサーです。酒ですがね。日曜までお待ちください。もう電話しないように!」

 勝手に切った。


5月12日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 ココ氏のドムスを出て、おれはジェリーに聞いた。

「どうするんだ。何かわかってんのか」

「いんや」

 ジェリーは言った。

「わからねえ。少なくとも日曜までにゃ無理だな」

「どうするんだよ!」

 ジェリーはじろりとおれを見た。

「護民官府の。おれはな、ロスの裏路地で20年戦ってきた。痛い目にもあったし、知恵もついた。おれにはおまえらにできないことができるんだ。指くわえて見てな、ひよっこ」


5月13日 ラインハルト 〔ラインハルト〕

 ドアを開けると、見たことのない小柄な親父が立っていた。

「ウォルフィーはいるかい」

「誰?」

「ヤヌスだ」

 おれは見返した。
 ぼさぼさの白髪頭に、よれたシャツ。書類袋を手にして、くたびれたフクロウみたいに立っている。だが、黒い目に害意はなかった。

 おれは入るよううながした。ウォルフに言った。

「あんたに客。ケンカすんなよ」


5月14日 ラインハルト 〔ラインハルト〕

 ウォルフはダンボールに本を詰めていた。客を見て、憮然となった。

「きみを招く気はない。帰ってくれ」

 親父は答えない。眠そうにウォルフを眺め、部屋の端に突っ立ったまま動かない。
 ウォルフはぬっと彼を睨んだ。親父はようやく口を切った。

「おまえが辞めてせいせいするぜ。ウォルフィー」


5月15日 ラインハルト 〔ラインハルト〕

 親父は言った。

「おまえはいっつもうちに恥をかかせてくれた。そこにいる小僧の件でも、アクトーレスの誘拐の件でも。おまえがいなくなると言ったら、うちにゃよろこぶやつが大勢いる。祝杯だ。農場にやられた連中も踊りだすだろうぜ」

 親父は書類袋を放った。袋から写真や小さなメモリがいくつかあふれた。

「調査班は予算を削られるだろうよ。無能ぞろいだとおれが報告するからな」


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